はじめに
こんにちは。今回は、高IQな私が生きる上で不自由な点を書いていこうと思う。
・同じく、高IQで生きづらさを抱えている方
・家族に高IQな方がおり、その方の悩みを理解したい方
に読んでいただければ幸甚である。
先に述べるまでもないが、自身の憂慮をある種の優越感に魔改造して、それを知らしめたい主旨は全くない。
①自分の中では一瞬で結論にたどり着くが、その後でその道筋を辿るように相手とコミュニケーションを取らなければならない
これは、共感いただける方も多いと思う。
頭の回転が速いと言われることが多いが、自分の感覚としてはそうではなく、「ただ普通に考えていればそうなるだろう」といったことが多い。
電車に乗ろうとして、電車の扉が開く時に、扉の横脇で待機するのは「電車から降りる人とぶつからないようにするため」である。それくらい自然なことを自然な速さでやっている。
だが、普段コミュニケーションを取る人はそうではないため、「自分の中で結論にたどり着いた後で、一度始点に戻り、相手とコミュニケーションを取りながら徐々に(一度了解している)結論に再度たどり着く」ということをやっている。
同様に、SCRAPなどが開催している謎解きゲームに知人と参加することも多いが、たいていの問題はすぐに解けてしまう。だが、すぐに解いてしまうと、知人が楽しめないかとも思い、わからないフリをすることも多い。
正直、一番の苦痛である。結論にたどり着く前から、結論にたどり着いた後のことを考えなければならない。
②自分の性質が「自分のIQの高さ」という原因に由来するものなのか、「自分がそういう性質を持っている人だから」という原因なのかわからなくなる
これを言ってしまえばキリがないのだが、自分が
・過集中であること
・ゾーンに入るのが非常に遅いこと
・細かすぎるところにこだわりを持ってしまうこと
といった性質を持っているが、それが何に起因しているのかがわからなくなる。
A. 高IQである。したがって、上記のような性質を持っている。
B. 自分が元々上記のような性質の人間である(=元々、"そういう"人間である)→上記のような性質を持っている。
よく高IQである人はAと考えがちなのであるが、自分としてはBという気がしてならない。
その意味で、上記性質が関係して、仕事・普段の生活でミスをしてしまっても、高IQが言い訳にならないと思ってしまい、結果必要以上に自身を責めてしまうことになる。
③周りの高IQな方を疎ましく感じる
自分は、IQが145-150(標準偏差15)のレンジ(正確な数値はぼかしている)であるが、高IQではない人のみならず、高IQの人ともコミュニケーションがとりづらいと感じる。
私の周りがそうであるだけかもしれないが、高IQの人は自身のIQの高さを誇りに思っていることが多い。(過去に在籍していたJAPAN MENSAもそうであった。)
だが、高IQである人・高IQを自称する人とよくよく話を聞いてみると、あえて「相手に理解させようとしない」会話をしていると感じる。双方向のコミュニケーションを(自身がIQが高いから伝わるわけがないと思うからなのか)自然と断絶させたがる人が多い。
私はこれに違和感を感じる。高IQであるということが会話が通じない理由になるわけがない。当然であるが、相手に自分の言っていることを理解してほしいから、相手に合わせたコミュニケーションを取るべきである。
それをサボっている人が夜郎自大であるようにしか見えないのだ。
そもそも、「IQが20違うと、会話が成り立たなくなる」ということを正しいとすると、私のIQであれば、いわゆるほとんどの高IQ(125-170)の人との会話が成立するはずである。実際、現に会話が成立していない。それは、会話が成り立たないことの原因が「相手のIQ」にあるのではなく、「相手のコミュニケーションの仕方」にあることの証左ではないかと思う。
④高IQではない方が幸せだと感じる
とはいえ、相手に合わせたコミュニケーションを取ることは、自分にとってはかなりの負担である。(誰でもそうであると思うが。)
また、自身のIQを誇りに思う気持ちはわからないでもない。相手とコミュニケーションを取る中で、「何で相手はこの速度で思考を進めるのか」「どうして自分の言いたいことが相手にすぐに伝わらないのか」と思うことはある。
その意味では、そういったストレスを感じない方が幸せではあるだろう。
まとめ
高IQとしての苦悩をまとめてきた。
誰かの理解・共感を生むことができれば、至高である。