なぜだか話しているだけで、人のIQが自身のどの程度近いかがわかる。

よくある、IQが20違う人とは会話が通じづらいという話と近い気がする。

少なくても私の場合は、IQが20以上高い人でも、20以上低い人でも会話が通じづらいことを感じる。

では、会話が通じやすい/通じづらいとは何かを考えると、

同じ抽象/具体のレベルで会話をし続けられるかということに尽きる。

会話が通じやすい人は、その会話の各会話内容において、抽象/具体レベルが常に近しくある。

私がたまたま取った渋谷?の写真を貼る。

例えば、この写真から示唆を考えようというお題があった時に

あくまでイメージだが、抽象レベル順で、

(抽象レベル高):人がたくさんいる

(抽象レベル中):お茶漬け海苔の看板がある

(抽象レベル低):渋谷では薬局が24時間空いている。自分の住んでいるところより便利である

といった、複数の抽象レベルの示唆候補がある中で、似たような抽象レベルの示唆候補の話が出ると(というか、どんな示唆があるか?と聞いたときに、一発で似た抽象レベルの示唆候補の話がでれば)嬉しく感じる。

※当然だが、どの抽象レベルが良くてどれが悪いかなどはない。

上記は違う抽象レベルの違うカテゴリー同士で比べたので、少しわかりづらいが、もう少しわかりやすい例で言うと

東京タワーの特徴を考えてみようというお題があった時に、

(抽象レベル高):赤い

(抽象レベル中):赤くて高い

(抽象レベル低):赤くて高くて芝公園にある

という3種類がある。

この時に、会話の文脈の中で、どの東京タワーの抽象レベルの話をすればよいのか分かれるだろう。

日本で赤い建物は何か?と聞かれれば、上記高のレベル感で述べればよいが、日本で赤くて高い建物は何か?と聞かれれば、上記中のレベル感で述べる必要がある。

その時に、自身が理解したい抽象レベル通りの話をされたときに、話が通じやすいと感じる。

ただ、先にも述べた通り、会話の折々で自身の抽象レベルは変えた上で話を進める必要がある。

そのように、抽象レベルを反復横跳びしながら、その場その場の会話で似たような抽象レベルの会話ができたときに、この人は自分と似たIQであると感じる。

持論にもなるが、IQが高い/低いは別に重要ではない。余計なストレス(会話が合わないこと)を避けるために大切なのは、自身が近しいIQの人と交流を深めることである。

IQが違いすぎる環境に入っても、自分の価値に差が出ることはなく、ただ辛いだけである。

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