救えないほど、頭の悪い人がいる。
なぜ、無垢な赤ちゃんとして生まれてから、頭の良い人・普通の人・そうでない人に分かれるのだろうか?
答えは遺伝でしょ?どれだけ勉強したかでしょ?などと言われることもあるだろうが、一番は経験の言語化量にあると思う。
現在の仕事では、学歴が高い人と仕事をさせていただく機会が多い。
よく学歴が高い=頭が良いと考えられがちだが、学歴が高い=仕事力が高いということにはならない。
日常生活の中に「この人、なんでその質問を今聞いた?」「自分にその質問を聞く?」と心に浮かべながら、その質問に答えるということはよくあるだろう。
頭が悪い人との会話では、その人の学歴問わず、上記が頻出する。
だから、「その質問をして、何が変わるの?」「その質問に意味はあるの?」「なんでそう思ったの?」と質問することになる。
(補足すると、私は日常生活の中で頭の良しあしを判断することは全くなく、会話の違和感としてそれを認知する。)
ひとえに、頭が悪い人は、会話の中の重要度で質問をしていくわけではなく、ただ自分が気になったことを質問しやすい。
そして、自分が気になったことを質問しやすい背景には、「先を読めていない」ことにあると思う。この後の展開がわからないから、場当たり的になってしまう。
なぜ「先を読めていない」のか?
答えは、先述のとおり「経験の言語化量」にある。
一定の年齢を過ぎれば、全く体験していないことを体験するということはほとんどなくなるはずである。
これまでの自分の体験1つ1つをあらゆる角度から経験として認識し続ける。この脳内研鑽を積むことができれば、特にそうであるはずである。
しかし、普段からぼーっと生きている。
何も考えずに生きている。ただ口を開けて、たまたま口に入ったものを咀嚼する人生を送っている。
そうした生活をしているのであれば、会話の先を読めるはずがない。
---
初出: 投稿