職業柄、社内外の富裕層(人生の早いタイミングで資産10億円以上を持っている人)と会話することが多い。

だが、よくよく会話をしていると、富裕層は「何かを購買すること」に興味があるというよりは、「何かを持つための余裕がある状態」に興味があることが多い。

私たち(私含め、まだ富裕層でない人)は、何かを所有していることではなく、何かを所有することに興味を持ちがちである。

スポーツカーに乗ること

家を買うこと

会員制のすし屋に行くこと

などである。

だが、富裕層は、

スポーツカーに乗る(ような余裕を持つ)こと

家を買う(ような余裕を持つ)こと

会員制のすし屋に行く(ような余裕を持つ)こと

にこだわっている。

よく考えると、Xなどで投稿している資産数十億円の投資家も、行動に興味を持っているようには見えない。

これは、非常に示唆深い。

なぜならば、もし上記であれば、人の貧富を分ける差は心の持ちようの差であることにほかならず、たとえ貧しい人であっても豊かになることは可能であるからである。

もちろん、上記は富裕層とそうではない人を比べた結果であり、富裕層ではない人が富裕層になるにあたって、行動から状態に目を向けるようになる。つまり、行動に着目してしまうことは富裕層になるための通過儀礼であるのかもしれない。

しかし、そうであるならば、逆説的に、「どのような行動を取ったとしても、それだけでは富裕層になることはできない」と言えるだろう。

多くの場合、富裕層に近づくための行動にはトレードオフ(犠牲)を孕む。

スポーツカーを買うのであれば、お金が必要である。お金を稼ぐには、会社を創るか、ファンド・投資銀行に勤める必要がある。ただし、それでは精神的・時間的に拘束されてしまう。

したがい、まずは富裕層になるためには「富裕層の状態」を創り出すことが必要不可欠であり、トレードオフを孕む「行動」・それをするにはリスクが高すぎる「行動」をプライオリティ高く据える必要はないことを理解したい。

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