どうやら世の中には、
「相手と本音で話し合うことで分かり合える」
「雨降って地固まるだから、相手と本気で向き合って話し合うべきだ」
と考えている人が思ったより多いようである。
わたしはそうとは考えていない。
そもそも私は、相手の喜怒哀楽の感情に応えられない。
なぜ喜んでいるのか?なぜ怒っているのか?がよくわからない。
以前の投稿にも述べたように、相手との会話で我慢することが多い。
相手の気持ちはわからないが、相手の話している言葉で相手の気持ちを理解して、それに合ったことを毎回言っている。
相手の承認欲求に合ったことしか言わない。相手が本音で話し合おうとしているときは、本音で話している"フリ"をする。
本音で話したことはあるが、いくら伝えようとしても、「イミガワカラナイ」としか言われず、諦めた。
「本音で話しあっても分かり合えない」ということがわかってから、自分を開示することが嫌いになった。
自分の話はせず、ただ相手の話を聞いてただ承認する
正直、承認するのは"作業"である。別に嫌いでもないが、好きでもない。
だが、"作業"をしている自分のことは好きだ。そんな自分を「自分」だと思っているからだ。
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