こんにちは。

前回の記事が、予想外に多くの方に閲覧された。

そこで今回は、「今の私」ではなく、「過去の私」に焦点を当て、

子供の時に抱えていた「生きづらさ」を書いていければと思う。

  • 自身の子供が高IQで、悩みを理解したい方
  • 同じく、高IQで生きづらさを抱えている方

に読んでいただければ幸甚である。

①理屈っぽいので、大人に嫌われやすい

子供ながらにして、相手が言っていることが正しいか正しくないかを判断していたので、「こうしなさい」ではなく、「××だから、こうしなさい」と言われることを好んだ。

反対に、なぜそれをするのかわからないものは「なんでそうしないといけないんですか?」と聞いていた。

だが、周りの大人は、私が無垢な気持ちで聞いた質問から、私が彼らに反抗していると理解した(だろう)。結果的に、「(理由なんていいから)そうしなさい」と怒鳴られていた。(周りの人よりも勉強はできていただろうから、余計に嫌われていたのかもしれない)

また、「素直になれ」と怒られたことも多かったが、意味がわからなかった。

(今になって思ったが、こういった状況は東京近郊よりも地方において、起こりやすいと思う。

私は、九州の田舎で育ったため、同様の環境であれば、上記のようなことはかなり数多く起こりうるはずである)

②相手が話しているときに、別のことを考えてしまいがちで、結果的に相手の話を聞けていない

自分は、好奇心が向いたものに、のめり込む癖があった。(今もそうだが。)

例えば、相手が「SMAPの香取くんが出ている昨日のドラマって、〇〇の展開に最後になったと思うんだけど、あれって来週どうなるんだろうね?」と聞いてきたとしても、例えば自分は「SMAPの香取くんって誰だったっけ?そういえばSMAPって何人いたっけ?ホンコワに出ていた人って誰だっけ?」と考えている。

誰に対しても、上記のようになっていたため、学校の授業で先生から突然当てられる形式での質問は苦手だった。

③1つの言葉から複数の意味を見出してしまうため、うまくコミュニケーションが取れない

人の会話の意図や質問の意図を理解することが苦手である。

正確には理解しようとはしているのだけれども、意図が複数考えられるときに、「文脈から」どっちであると判断することが苦手である。

簡単なものでいうと、「大丈夫って言うけど、実際は大丈夫ではない」といったものである。

先ほど、

なぜそれをするのかわからないものは「なんでそうしないといけないんですか?」と聞いていた。

と書いた。

これも、「なんでそうしないといけないんですか?」という質問が、①純粋な質問である場合と②反語である場合がある。

だが、世の中の多くの人は、上記は②反語であるとのみ理解している。

したがって、自分が①の意味で質問しただけなのに、②反語であると解釈されて、関係性が悪くなってしまうということが数多くあった。

④ゲームなどをしても、自分が強すぎるため、友達が一緒に遊んでくれなくなる

小学生の時に、毎週金曜日にクラスで何かしらの大会が開催されていた。

例えば、豆をつまんで別の皿に1分間でどれだけ移せたかを競うゲーム、算数の早解きゲーム、トランプのスピードのゲーム など、小学生がよくやるようなものをテーマにしている大会であった。

結論、ほとんどのゲームで自分が負けることなく、チャンピオンになっていたのだが、ある時同級生から「どうせ〇〇が勝つからツマラナイ」と私に言われたことがあった。

他には、私はゲームボーイやゲームキューブを良く遊んでいた世代であるが、「友達だけが持っているゲーム」を一緒に遊んでいたが、私の方がそのゲームを上手になりすぎてしまい、「お前とはもうこのゲームはやらない」と言われたこともあった。

ゲームだけじゃなくて、スポーツや囲碁将棋などでも同じことが起こった。

今では、もちろん相手に合わせてうまくコミュニケーションを取る(例えば、たまに相手に勝たせる)ができるのだが、当時は幼いこともあり、そういうことが全くできず、文字通り「ハブられる」こともあった。

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