知らず知らずのうちに相手に負担をかけているようなコミュニケーションを取る人がいる。
例えば、国語力がなく、自分が考えていることをその濃度・密度でそのまま相手に伝えることができない。
どのような映画を観ても、「すごい」としか思わない。
そういう人は、相手に言語化を頼る。
だが、本人にその感覚はない。
相手との議論を通じて、話が良い方向に進んでいったとしか思っていない。
だが、相手にとっては、「話が良い方向に進んでいった」という風には思っておらず、「ただ相手の話していることを言語化した」だけだと思っている。
「話が良い方向に進んでいった」のではなく、「話」を具体化しただけである。
言葉には、「意思疎通」のための言葉という側面だけでなく、「自己表現」のための言葉という側面を持つ。
自己表現を相手に頼るようでは、言葉に精通しているとは言えない。
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