仮にAIやテクノロジーが発達したとしても、人間の中で最も重要である能力は変わらない。
それは、必要のないものを「あって良かったもの」と認識する能力である。
この能力だけは色あせることはない。
わかりやすいのは「健康」だろう。
健康があるうちには、自分が健康であることに感謝する機会は少ないだろう。
おばあちゃん・おじいちゃんから「健康であることに感謝しなさい」「健康でいなさい」と言われても、よくわからないと思う。
だが、何かの拍子で自身から健康が損なわれた途端に、我々は健康で「あった」ことに感謝する。
治療をすれば、治癒できる病気であればよいだろう。
だが、そうではない病気であれば、一生「健康である」という状態に戻れないことになる。
ただ、認識していない資産を「資産である」と認識することは難しい。
既に持っている資産を「当然のものである」と誤認してしまうからである。
金持ちの家に生まれた子には、「なぜ水道が止まるのか」は理解できない。
健康に生まれた子には、「若くしてなぜ人は死ぬのか」は理解できない。
では、どうすれば認識していない資産を「資産である」と認識することができるのであろうか。
先に述べた通り、本人が一度資産を損なうことが有効な手法の1つであろう。
しかし、本人が意図的にそれを損なうことも難しいだろう。
私は「追体験をする」ことが最も有効な手法であると思う。
本を読む。
人と会って、エピソードを聞く。
神社に行って、絵馬を読む。
そうしながら、登場人物に思いを馳せる。彼らがどのような気持ちだったのかを考える。
次第に、彼らに同化できるようになる。そうすることで、自分の資産を俯瞰して考えることができる。
資産はレバレッジがきく。つまり、資産を活用して何かに投資することでより多くの利益を得ることができる。少ない資産では得られる利益も僅少だが、投資する資産の大きさによってn次関数的に得られる利益も増えていく。
だが、レバレッジをきかせることは、先の話だろう。
まずは、自身が今必要のないものを「あって良かったもの」と認識する能力を育てたい。
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