この本では、貧困者・弱者は「働かない」のではなく、「働けない」状態にあると提言している。

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紹介

高度経済成長期下で、「頑張れば誰でも豊かになれる」ことを実現した高齢世代が、「どれほど頑張っても結果の出ない時代に暮らす」若者に、「同じ努力をしないあなたが貧困なのは自己責任」だと吐き捨てている。

著者はかつて「最貧困女子」という書籍を書いていた。この本は、家族資源や教育資源が希薄な「世代間を連鎖する貧困」の当事者である女性らが、社会から「見えないもの」として扱われ、制度から遠ざけられ、自助努力に追い込まれることが書かれている。

本書でも、著者は「自己責任論」という言葉を徹底的に封殺している。

また、貧困とは「不自由な脳」で生きる結果として、高確率で陥る二次症状であると話している。

つまり、貧困を抱える人が社会的に生きづらく、それによりさらに貧困になっていくというのは、自助努力などではまかなうことができない圧倒的な「脳の不自由さ」が存在しているというものだ。

本書では、生活がだらしない・働けないなど社会的に不適合だと扱われる、ともすれば「そんなもの自分の責任である」と言われかねない当事者が、なぜ社会的に不適合だと扱われる行動をとってしまうのかに言及し、彼らがどのように生きていくべきか、またこのような貧困に対してどのようなあり方が望まれるのかを明らかにしている。

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感想

私の周りでも、いわゆる「だらしない」人がいる。

彼らは、新卒で入社した会社を3カ月で退職し、水道が止まった部屋の中でコンビニで買った水を使ってカップラーメンを食べ、ハローワークの代わりにパチンコ屋で日々の時間を潰している。

著者とは違い、私はそのような人に「なぜそうなる?」と聞いたことがある。

私からすると、コンビニで水を買うより、水道代を払い続ける方が楽で安い。そもそも、口座振替にすればよいのに。

返ってきた答えは、「うーん、わからないけど、うまくできないんだよなあ」だった。

私は冷笑することこそなかったが、自分ならそのようにならないのにと思っていた。

本書を読むことで、なぜ彼らがそうなっているのかがよくわかる。

「脳が情報を適切に処理できない」のである。

私も同様の経験があるからわかる。

一度理不尽に詰められてから、なぜか嫌いな上司がいた。

そういう人と話すときは胃が痛く、事前に準備してきた資料をなぜか見せることができずに毎回怒られていた。

なぜか頭が働かなくなるのである。

催眠術師は、適切な間の中で大きい音を出し、催眠をかけることが多い。

催眠術にかけられたことはないが、術中にある人は脳がぼんやりとするのだと思う。おそらくそれと近い感覚だ。

どのような背景で彼らが「だらしない」人になり、どのようにすれば報われるのか。気になる人はぜひ読んでみてほしい。

貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」 (幻冬舎新書)

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