階層化すべき孤軍とするべきでない孤軍がある。
階層化すべき孤軍というのは、孤軍が形成されることでプラスになる方に引力が働く(=「孤軍奮闘」する)孤軍である。
高校の学校祭のクラスの出し物が好例だ。高校の学校祭では、まじめに準備を行う層とそうでない層がいる。(少なくても準備開始段階では)多くはまじめに準備を行わない層であろうが、その層がいることでまじめに準備を行う層が「孤軍奮闘」する。
一方、階層化するべきでない孤軍というのは、大衆心理によって無意識的に虐げられて形成された孤軍である。
これは、昨今の「長く働いて自身を成長させたい層」であろう。
現代社会に長く働いてでも自分を成長させたいと思っている人はほぼいない。2010年代~20年代前半の働き方改革の結果、誰もが働きやすい労働制度(=ゆるっとコスパよく働けるような労働制度)が整備された。また、その整備とともに、「長時間残業は悪だ」というコモンセンスも生まれた。
このような趨勢の中では、「長く働いて自身を成長させたい層」はそうでない人に虐げられたことで形成されたと言えるだろう。
彼らは孤軍奮闘するためにその階層を作ったのではなく、制度・コモンセンスの日光に照らされて生み出された陰影である。
ただ、こうして形成された層は求心力がない。また、制度・コモンセンスのせいで、身動きがとりづらい。
だが、社会的に「長く働いて自身を成長させたい層」が必要であることは明白である。
正確には、自身が成長することで早期に能力を熟成させ、それがノブレスオブリージュ的に社会的・経済的な便益を生み出すようになる。
日本は製造業が"強い"国として知られてきた。パナソニック・トヨタなどの企業は、海外の一般市民でも知っている人は多いだろう。
製造業界の強みは、その資本効率性にある。コンサルとは違い、製造業界では、人ではなくプロダクトに競争優位性が宿る。
プロダクトは既に作られたものが原型になっているから、花形製品である限りは、過度にコストを投下することなく、一定の売上を生み出すことができる。
だから、高度経済成長期の先人たちのおかげで、現代の製造業界で働く人は、過度に労働することなく、売り上げを生み出すことができる。
しかし、近年、日本の製造業界の成長は停滞している。安価でそこそこの品質である海外(中国)製品が増えたり、技術的に優れている海外(欧米)製品が増えているからである。
今ではテレビ・洗濯機・PCなどでは、日本のものもあるだろうが、海外製品も増えている。
また、スマートフォン・イヤホン・EV・医療機器などは、優れた技術力がある海外製品が増えている。
この中で、日本の製造業界はre-activate(再活性化という日本語になるだろうか)されなければならない。
だが、そうするためには、高度経済成長期のような労働をする必要がある。もちろん、ITを活用することで効率化はなされるだろうが、最大限効率化した上で、長時間労働が常態化している海外諸国の企業の製品に勝つためには、同様の戦い方をしなければならない。
そもそも日本にいる以上、海外よりも効率性に秀でたIT利活用をすることは無理である。
話は戻るが、だからこそ「長く働いて自身を成長させたい層」は、「萎える孤軍」ではなく、「奮闘する孤軍」であり続けなければならない。
画一的で劣悪な制度・コモンセンスの有無によって、それらのどちらの孤軍になるのかは大別できる。制度・コモンセンスから変えなければならない。
※念のためだが、昨今の働き方改革の結果によって、明確に"働きやすく"なっていると感じる人は増えたと思う。それは働き方改革の最大の成果であろう。ここで言っているのは、それによって形成された制度・コモンセンスが画一的でありすぎることが問題であるということである。
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