スピリチュアル的な内容となる。

人は、エネルギーをお互いに与え、与えられながら生きていると思う。

エネルギーは生きているだけで摩耗する。朝起きたときに100%だったエネルギーが、通勤をするだけで80%になり、そこから仕事を通じて減少していく。

そのようなエネルギーは、下記を通じて回復する。

  • エネルギーを回復する行動を自主的に取る。
  • 人からエネルギーを受け取る。

エネルギーを回復する行動とは、ご飯を食べる・睡眠をとる・趣味に没頭する・運動をするなどのことである。

美味しいご飯を食べると、胃袋が満足するだけではなく、どこか心が満たされた感覚になる。それはそれがエネルギーを回復する行動だからである。

重要なのは、エネルギーとは身体的な物理的なエネルギーではなく、精神的なエネルギーであるということである。(本書で用いる「エネルギー」というのは、「精神的なエネルギー」のことを指す。)

運動をするというのは、物理的なエネルギーは削られるものの、精神的なエネルギーは回復できる。

疲れた時に運動しているという人の話を聞くと、「なんで疲れてるのに、さらに疲れるようなことをするの?」と質問する人がいる。

そうではなく、運動をするとエネルギーは回復するのである。

人からエネルギーを受け取るというのは、いわゆる「エールをもらう」ということである。

全ての"善い"発言には、その発言のゴールへと現に向かわせる引力とは別に、その人の精神力を回復させるヒール(回復薬)も含まれる。

逆に、ヒールが含まれる発言は全て"善い"発言だとも言える。必要十分条件である。

人間はAIではないのだから、人間性を高めたい人にとっては、何かを伝える時には、ヒールをどれだけ詰め込めるかが重要となる。

しかし、1点気を付けたいのが、自分が発言にヒールを詰め込むには、自分のエネルギーを注がなければならず、それは自分のエネルギーを摩耗させることを意味するということである。

つまり、発言の伝え方を気にして、"善い"発言にしようと思うほど人間は「疲れる」。

だから、人間性を高めたい人の最適解としては、「自身のエネルギーが減ったとしても元気な時に、発言にヒールを詰め込むこと」である。

自信が元気であれば、多少エネルギーをすり減らしたとしても、まだ元気でいられる。

細かいところでのTaker/Giverは、各人が「どの程度のエネルギーを受けたく、どの程度のエネルギーを与えたいか」の認識の程度で変化する。

Takerはエネルギーを受けたがる側で、そのような人は"善い"発言ができず、人間性を高めることはできない。

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