知能と知恵は別物である。

知能とは、「知識を処理・運用する能力」という意味で、脳の基礎能力(=処理能力)のことを指す一方、

知恵とは、広辞苑によると「新しい状況に対して、本能的方法によらずに適応し、課題を解決する精神機能」という意味で、脳の応用能力のことを指す。

mensaなどの試験は、このうち、知能(Intelligence)を測る試験であるが、知恵を測ることはできない。

だが、現代社会に必要なのは知能よりも知恵である。

最近では、共通テストをAIに解かせると9割近くの点数を取ることができるという。

それにより、中高生の中には「自分らが勉強する意味はない」と考える人もいるだろう。

しかし、そうではない。

人間に残されているのは、複雑な事象の中で現実的に解決可能な解を求めることであり、知恵が求められる領域である。

知恵を持つためには知能を持たなければならない。知能を持たなければ、目の前の課題すら処理できないからである。

知能を持っている人が必ずしも知恵を持っているわけではない。「東大生なのに仕事ができない」と言われることがあるのは、東大生を揶揄したい大人がいるからという理由も多分にあるだろうが、彼らが知能を持っているが知恵を持っていないからという理由もあるのではないだろうか。

1点、注意がある。

知能と知恵をはるかに凌駕する存在として、徳性というものがある。

徳性がなければ、知能と知恵は紙くずになる。

例えば、常習的な詐欺を行っている人が数十億を不正に調達したからという理由で逮捕されるときに、なぜこの人は詐欺をやっているのだろうと思う人が多いだろう。

私としても同感で、一般人から数十億を調達することができる人は、おそらく能力が高いのだろうと思う。機械的な能力としての知能も、人間的な能力としての知恵も両方兼ね備えていると思う。

ただ、徳性が皆無である。

徳性がないのであれば、いくら知能や知恵に恵まれていたとしても、それを生かす場がないのである。

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