年末年始でとある工場に行くことがあった。

そこでは某工具を作っていて、半製品の製造、組み立て、製品化を1つの工場内で行っている。よくある町工場である。

私が一番感動したのは、組み立ての過程である。

なぜなら、組み立て機は本当に繊細だからである。

細かい部品の配置・組み立て機の設定でアウトプットとなる製品の出来栄えが変わる。

私がどうしてこの配置・設定が良いのか?と聞いても、

「これが一番歩留まりが良いからだ」の一点張り。

物事がある帰結を成すときには、複雑な原因が絡み合っている。

だから、原因の1つを叩いたとしても、必ずしも良い帰結になるとは限らない。

東京リベンジャーズでは、主人公が原因の1つを潰していったとしても、また別の問題が生じる。それと似ている。

じゃあ、原因の1つを潰すのは意味ないことなんじゃないか?

否、それは違う。

原因の1つを潰すということは、可能性の萌芽を見出すということである。

原因を潰さないということは、1回のガチャガチャで出した結果を肯定することである。

200円を入れてガチャガチャを回す。人気のマリオが出たとしても、シークレットのピーチが出たとしてもそれを肯定しなければならない。

だが、原因を1つ潰すということは、新しくガチャガチャを回せるということである。1回のガチャガチャで、はずれのキノピオが出たときには、原因を1つ潰すことで新しくガチャガチャを回せる。それでもう一度キノピオが出ることもあれば、ピーチが出ることもある。

「原因を潰したとしても改善しないのであれば、潰す必要なんかない」のではなく、「原因を1つ潰すことでより良い未来が手に入るかもしれない」と考える。

ことごとく人間は可能性に生きる生き物である。

可能性がない人生はひどく退屈な人生であるし、可能性がある人生はそれだけで価値のある人生である。

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